愛について

ブラックコーヒーがうまい。最近カフェオレばっか飲んでたからなぁ・・・。滲み渡る苦味が心地よい。


今日は久々に気分が良いので筆を執った次第。


相変わらずの生活。

ただ、ゴミと服に埋もれる日々に嫌気が差し、一昨日部屋を掃除した。

やる気が起きない時は、部屋の全てがまるで不動のオブジェクトのように見え、それがより一層のやる気の減退をもたらすという悪循環が起こる。

しかし実際は当然そんな事はなく、切欠さえあればそれらは容易に動かし得るものだという事に気付ける。

少々のんびりやっていた為5~6時間位掛かったが、普段空費している時間より確実に有意義な時間だった。

まだ手付かずの場所はあるが、一気にやろうとすると挫折するので、少しづつ少しづつ。


さて。


twitterの方でもぼちぼちつぶやいていたが、愛についての話。

一個人の意見として、「好き」と「愛」の間には、それを混同してはいけない位、相当の距離があると思う。


例えば、「子供(注:ここでの子供は幼児以下を指す)好き」の場合。

子供というのは生き延びる為に可愛く(思われるように)出来ている。なので、いわゆる「子供好き」な人間は、変な話だが相当数いると思われる。

しかし、その中で、見も知らぬ子供の排泄物の処理を嫌な顔一つせず平然と行える人間がどれだけいるか?

かなり少なくなるだろう、と思う。


もう一つ、音楽業界に従事する人間の場合。

いわゆる「駆け出し」の方々の労働条件というのは、実に過酷なものだと聞く。朝から晩まで働いて日給3000円とか・・・(どこかで聞いた?読んだ?話なので話半分に)

それでもそこで働き続けるということは、愛が無ければ出来ないのではないか?

少なくとも、僕はそのレベルまで音楽を愛する事は出来ないだろう。

ただ、そんな僕でも音楽は好きなのである。


それらの事柄を鑑みて言えば、愛というのは、その対象をマイナス面も含めて受け入れる事、自分の力を心から注げる事、と言えるのかも知れない。


そう考えると、自分が今何かを少しでも愛しているかと言えば・・・




まあ、ただの言葉遊び。

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