終わりの終わりとリアリティ

昨日、クッキークリッカーをほぼ制覇した。ネヴァークリックはネヴァーマインドだ。


惰性で今もタブを開きっぱなしにしているが、最後の反物質アップグレードを取得した後にほぼ放置の状態で2,500兆枚程のクッキーが手に入っていた。他に買う物がないのに意味はあるのかと言われれば、「次回の為なのだろう」と言う他ない。実際最も理想的にクッキーを稼げるのは今の状態だ、という事に間違いはないのだ。

後に残ったのは達成感と言うよりは解放感。それも無くなれば後には何も無い。


始まりのある物に必ず終わりが訪れるのならば
この果てしない進化の先に何がある?
歩んできた道のりに 確固たる理由があったとでもいうのか?

(GENETOSより)


自分の目でそこから見えるものを見たかったというただそれだけの理由で、随分と長い時間を無駄にしたものだ。


因みにそこにあったのは、


・富める者は更に富み、生産手段を持たない者は貧しいまま
・遺産・ノウハウの有無により難易度に歴然たる差が生まれる
・より効率的な稼ぎ方をした者が次を見れる
・往々にして貧者に周りを見る余裕はない
・ギャンブルは大抵上手く行かない


というババアSFには些かそぐわぬ、金にまつわる妙なリアリティである。

まあ、残念ながら現実はクリックだけではどうにもならないのだが。


1クリックで50億欲しい…1クリックで50億欲しくない?

こう書くと怪しい広告みたいだ。



さて、これで本当に開発を再開出来る状況にはなったのだが、この長いブランクの間に作業内容をイメージしたりアイデアを練ったりする癖がすっかり抜けてしまった。いけない兆候だ。

まずはその辺から軌道修正して行かなければならない。自機弾と敵の棒状弾が重なった時の視認性がヤバイ級に悪いのが発覚した所で止まってるから、まずそこから手を付けようか。



※この間に1,300兆枚のクッキーが生産された。

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